「ほっ」と。キャンペーン
 3月4日(土)から1週間、シネマ歌舞伎の作品「二人藤娘」と「日本振袖始」が上演されます。
 「二人藤娘」は玉三郎と七之助。「日本振袖始」は玉三郎、勘九郎、米吉の出演です。
 「藤娘」は玉三郎が一人で踊ってもうっとりするほど美しいのに、それを七之助と二人で踊るのですから、どんなにきれいだろう…と、今から胸がときめいています。
 「日本振袖始」は以前、松竹座で見ました。ドラマチックな展開が楽しめます。

 歌舞伎座では12月に「五人道成寺」を上演したそうです。オリジナルでは一人で踊るところを二人にした「二人道成寺」は以前、見ました。玉三郎と菊之助の共演が素晴らしかったです。
 それを、今度は五人とは! 玉三郎の他のメンバーは勘九郎、七之助、梅枝(時蔵の息子)、児太郎(福助の息子)だったそうです。
 しかも、実はこの演目、旧歌舞伎座のさよなら公演ですでに上演されているのだとか。その時の出演者は時蔵、芝雀などベテラン揃いで、それはそれは素晴らしかったそうです。美しい女形が5人も同じ衣装を着て踊ったら、目が回りそうですね。でもきっと、それでも玉三郎ばかり見てしまいそうな気がします。

 いつものことながらシネマ歌舞伎を上映する映画館は限られていますので、シネマ歌舞伎のホームページで上映している映画館と上映時間を調べてから出かけてください。


[PR]
# by 1go1ex | 2017-02-21 20:25 | 歌舞伎 | Trackback | Comments(0)
 このシーズンは、見続けたいと思うドラマがあまりなくて、「カルテット」だけを毎週見ています。TBS系、火曜の夜10時の放送です。
 面白いかというと、もう6回くらい見てきたのに、未だにはっきりしない。なんだかゆるーくて、「面白い」と断言できない。でも、このまま見続けたら、ひょっとしたら面白くなるのかも…といったところです。

 私が魅了されているのは、このドラマのエンドロールです。出演者4人(松たか子、、満島ひかり、松田龍平、高橋一生)がレトロな衣装で歌い、踊ります。
 この場面での松たか子がなんとも言えず色っぽくて美しい。久しぶりにドラマに出演した松たか子は少し太って、おばさんぽくなってしまい、あんまり綺麗ではないのです。ところが、このエンドロールではまるで別人のよう。
 私は今までこの人を美人だと思ったことがなかったのに、ここでは間違いなく美女です。歌声もとても素敵です。

 脚本は坂元裕二。フードスタイリストに飯島奈美が付いているのが特筆モノ。ドラマの中身はともかく(?)、エンドロールは必見です。

[PR]
# by 1go1ex | 2017-02-21 20:12 | テレビドラマ | Trackback | Comments(2)
 能「胡蝶」と「星」を見た日は、小紋の着物を着て行きました。
e0060374_11174067.jpg
 葡萄酒色の地に、野菜の柄が飛んでいます。地紋がとても華やかです。
e0060374_11180511.jpg
 帯はベージュ地。可愛い小物と植物の組み合わせ。
e0060374_11182673.jpg
 お太鼓の柄はこんな感じです。
e0060374_11184514.jpg
 今まで、具象柄の着物に具象柄の帯を合わせるのは、柄どうしの間に何か関係がある場合を除いては、避けてきました。それぞれにわかりやすい意味のある具象柄を何の脈絡もなく組み合わせることに抵抗を覚えていたのです。
 でも、そう考えていると、この着物に合わせる帯がいつも限られてしまうのです。着物も帯も小さな柄だから、そんなに気にしなくてもいいのでは? と考え直し、地色どうしと柄の雰囲気(意味ではなく)がしっくり合えばいいということにしました。

 大槻能楽堂は施設が古く、そのせいか空調があまり良くなくて、客席の空気が淀みがち。能を見ながら、少し気分が悪くなりかけたりしました。
 座席も狭いし、洋服のほうが楽なんだろうなあ。と思いつつ、せっかくの着物で出かける機会なので、これからも暑くなるまではできるだけ着物で観能するつもりです。

[PR]
# by 1go1ex | 2017-02-07 11:20 | 着物 | Trackback | Comments(0)

能「星」を見ました

 2月4日に大槻能楽堂で見た、観世小次郎信光作のもう一つの曲は「星」です。
 この曲は中国で秦が滅亡したのちの漢の高祖(劉邦)と楚の項羽との戦いに材をとっています。能に中国の歴史が取り上げられた作品があるなんて、思いもよりませんでした。
 衣装は中国風ではなく、他の能の曲と同じです。中国の人が見たら、奇異に感じるでしょうね。歌舞伎で、描かれている世界は平安時代なのに登場人物はみな江戸時代の衣装を着ている、というのと同じようなものなのかもしれません。

 高祖は項羽と70回も戦いますが、勝つことができません。家臣の進言を入れて、祭壇を作り本命星(ほんみょうじょう。人の生まれ年や生まれ月に当たる星で、その人の守護神)を祀ると、軍神が眷属(けんぞく。従者のこと)を引き連れて天から降り立ち、項羽を倒します。

 登場人物がとても多いです。高祖の家臣、韓信と紀信。童子(本命星の化身)。童子が前シテで、大槻文蔵さんの芸養子、大槻裕一が演じていました。
 高祖の下人。この役は狂言方(善竹隆平)が演じ、事の成り行きを説明します。
 戦いの場面になり、高祖とその兵、5人。兵のトップの人物は、能楽大連吟の少人数稽古でお世話になった講師の方が務めていました。
 項羽とその兵、5人。高祖軍は暖色系の衣装、項羽軍は寒色系の衣装に身を包み、その対比が美しく、見ていてもわかりやすかったです。

 戦いでは項羽軍が強く、高祖の兵は次々と倒されます。白く塗った刀を持って立ち回りを演じ、一方が突然、床に音を立てて座り込みます。これが負けた、討ち死にしたという印のようです。床に座った兵士はさっさと切戸口から退場していきます。
 最後に残った兵のトップは、仰向けにどさっと倒れます。迫力満点でした。

 こうして高祖が万事休すとなったとき、軍神とその眷属二人が登場します。軍神は後シテ(大槻文蔵)。まばゆいばかりの金色と緑色の衣装をまとい、凄まじいまでの存在感を放っています。二人の眷属は歌舞伎の「連獅子」のような真っ赤な毛をかぶっていました。
 項羽は眷属との戦いでは善戦するのですが、さすがに軍神にはかなわず、退場していきます。
 軍神は鉾(ほこ)を高祖に与え、この後も高祖を守ることを約束して天空へと去っていきます。

 スケールの大きなスペクタクルです。能が「静」的な曲ばかりでないことは、ずいぶん前に「安宅」を見たときから知っていましたが、ここまで「動」的な要素が強い作品は初めて見ました。ダイナミックで楽しめました。

 この曲は長く上演が途絶え、内容がわからなくなっていたもの。今回、大槻文蔵さんを中心としたチームが復曲したものです。大槻文蔵さんは新作や復曲の上演を積極的に進めています。私は、「こういう珍しい曲は今見逃したら、この次いつ見られるかわからない」と思い、チケットを買ったのでした。

 客席は8割くらいの入り。昨年12月から私が見た能の中では一番お客が少なかったです。若い人の姿が目立ち、中には中学生くらいの男の子の姿も見えました。
 やはり一般によく知られた有名な曲の方が、人気があるのでしょうか。私にはこの「星」、とても新鮮で魅力的でした。
 

[PR]
# by 1go1ex | 2017-02-06 15:00 | 能・狂言 | Trackback | Comments(0)
 昨日の午後、大槻能楽堂で能「胡蝶」と「星」を見ました。大槻能楽堂八十周年記念特別公演だそうです。さらに、観世小次郎信光没後五百年記念、と銘打たれていました。
 この人物を私は今まで知りませんでした。世阿弥の甥の子どもで、室町時代に活躍した能楽師であり(元々は囃子方だったそうです)、能の作者。15世紀半ばに生まれ、16世紀の初めに亡くなっています。私も知っている有名な作品、「紅葉狩」や「船弁慶」はこの人の作なのだそうです。

 上演に先立って、二人の専門家の対談がありましたが、音響の関係か、半分くらいしか聞き取れませんでした。
 「胡蝶」のあらすじを当日配られた資料から紹介します。

 吉野の山奥に住む僧たちが京の都を訪れ、一条大宮に至り着くと、由緒ありげな邸宅を見つける。そこで梅の花を観賞していると、一人の女が現れる。女は、僧侶たちが初めてこの地を訪れたことを知ると、邸宅と梅の由緒を語る。
 この邸宅は内裏に近く、春になると貴人たちは宴を催し、この梅は古くから貴人たちも賞玩したものなのだと語る。そして女は、実は自分は胡蝶の精で、草木の花を慕っているにもかかわらず、梅花に縁がないことを嘆く。
 やがて、梅花の下で僧侶たちがまどろんでいると、夢の中に胡蝶の精が現れる。仏法の力によってこうして梅花に戯れることができたと感謝して、極楽の歌舞の菩薩さながら梅花に飛びまわり、優雅に舞い戯れ消えていく。

・・・・・・・・・・・・

 この「邸宅」は源氏物語と関わりがあることや、胡蝶が梅の花に巡り合うという部分には成仏できたという意味が含まれているというようなことが、対談の中で話されていました。

 私が驚いたのは、前シテが後シテに変わるときに一旦引っこまず、舞台の後ろの方に下がり、二人の後見によって衣装を変えたことです。こんなのを見るのは初めてでした。「物着(ものぎ)」という小書(こがき。特殊な演出)が付いている場合にこういう風にするのだそうです。
 もう一つ、「脇留(わきどめ)」という小書も付いていました。これは、普通は曲が終わるとき、シテの留拍子(足拍子を二つ踏むこと)で終えることが多いのですが、この小書が付くとシテが幕に入った後、残ったワキが留拍子を踏むのだそうです。

 前シテの衣装は豪華な唐織。後シテはミルクココアのような地色に花々と蝶を織りだした、薄い生地の衣装(長絹、ちょうけんというらしいです)をまといます。頭には蝶の羽を模した冠(天冠というのだそうです)もかぶります。この装束が実に優美でした。作り物の梅の木に戯れるように舞うシーンはただただきれいです。
 梅の木と舞台の正面の端との間は広くないのですが、シテは優雅な足取りでそこを二度も通りました。面を付けると視界はとても狭いらしいのに、よくあんなことができるなあと、これにも驚いてしまいました。このシテを演じたのは観世喜正です。

 「花」と言えば桜よりも梅を指すほど、梅が珍重された時期は室町時代もまだ続いていたのでしょうか。蝶でありながら花の中の花として愛でられる梅の花には出会えない。それはまだ早春で寒くて、蝶が生まれていないからでしょうが、なぜそのような不幸?なめぐり合わせになったのかについては、室町時代に読まれた文学に書かれていて、知る人ぞ知る、ということだったらしいです。
 私は、前世で何か罪を犯した人間が蝶に生まれ変わり、数多い花々の中でも一番の憧れである梅に出会えないという罰を受けることになったのかなあと想像しました。

 さほどドラマチックではないけれど、ゆったりした気分で早春の美しい風景を楽しめる作品でした。

 


[PR]
# by 1go1ex | 2017-02-05 17:53 | 能・狂言 | Trackback | Comments(0)
 金曜日に整形外科へ診察を受けに行きました。まずレントゲンを撮り、院長の診察室に呼ばれて、その画像を医師とともに見ました。真横から撮ったもので、胸骨が縦に白い線になって写っています。

 「まだここがくぼんでいますね」。院長が指差した部分を見ると、確かにその部分がくっきりとくぼんでいます。
 「痛みはもうないんですけど」と私が言いますと、医師は患部を指でトントンと軽く打ちました。すると、軽い痛みが響きました。前回の診察のときは院長ではない別の医師で、患部を上から軽く押さえたのです。その時は全然痛くなかったのに。やり方によるんですね。

 次は3週間後にレントゲンを撮ることになりました。その間、超音波治療を続けなくてはなりません。
 スポーツジムでは1週間ほど前から脚の筋トレをぼちぼち再開しています。上半身はどうでしょうか? と医師に尋ねると、筋トレはやめてストレッチにしておいたほうが良いとのことでした。
 「完治しました」というお墨付きがもらえるぞ! と期待していたのに、残念でした。

 それでも、私の場合は確実に良くなってきているからいいのです。気になるのは相手の車のドライバーさん。むち打ちの症状が変わらず続いているらしいのです。
 自分のミスで他人に辛い思いをさせるなんて、本当に怖いし、辛いです。1日も早く症状が軽快されることを祈っています。

[PR]
# by 1go1ex | 2017-02-05 17:09 | からだ | Trackback | Comments(0)
 今日も冷え込みが厳しいです。それでも日差しには心なしか、春の気配が感じられます。
 今、我が家の庭ではロウ梅の花が咲いています。苗木を植えてから、3年目になったかな。花が咲いたのは初めてで、うれしくてたまりません。
e0060374_15510818.jpg
 ロウを塗ったようなツヤのある黄色の小さな花です。わずか十数個。貴重な花たちです。
 お茶の先生のお宅ではロウ梅がたくさん咲いていて、甘い香りが漂っていました。我が家のロウ梅も鼻を近づけるとかすかに香ります。

 山すみれも咲きました。
e0060374_15513895.jpg
 こちらは去年、ご近所からいただいたもの。根付くかどうか心もとなかったのですが、想像以上に強く、どんどん増えてきています。
 地味な花ですが、とても可愛い。

 一方、晩秋にプランターに植えたビオラは病気気味で、元気がありません。ビオラは毎年植えていて、これも強い植物なので、こんなことは初めてです。

 寒椿がたくさん蕾をつけているので、もう少しふっくらしてきたら、玄関に飾ろうと思っています。

[PR]
# by 1go1ex | 2017-01-31 15:51 | 花と庭 | Trackback | Comments(2)
 先週の月曜日は、半年に一度の近代文学読書会の日でした。集まったのは5人。今回取り上げたのは夏目漱石の「坑夫」です。

 坑夫というのは、足尾銅山の坑夫なのです。主人公は三角関係のもつれからいたたまれなくなり、家を出た19歳の男性。東京の中流家庭の「坊ちゃん」で、教育も受けてきたという人物です。
 この人が何もかも投げ捨てて今までの生活環境から飛び出し、あてどもなく歩いていると、「坑夫にならないか」と声をかけられます。ポン引きの、詐欺まがいの人集めなのです。主人公は坑夫の労働が過酷で低賃金だと知りながら、この誘いに応じます。

 列車に乗ったり歩いたり、ポン引きが途中でさらに二人の人物を誘い込んで、一路、北に向かいます。この道程が前半です。
 主人公の考えることが逐一書かれていて、煩わしいほど。人間がある環境に置かれ、いろいろな他人と出会い、動いていく中で、どのように心理が移り動いていくのか、それを明らかにしようとした一種の実験小説なのでは? という印象を受けました。

 ようやく銅山に着きます。ここからが後半です。主人公は新米として、元からいる坑夫たちから冷たい仕打ちを受けます。その坑夫たちは皆、肉がげっそり落ち、顔色が悪くて、鉱山での非人間的な暮らしぶりが一目でわかります。
 とても食べられないような食事、ナンキン虫だらけの布団。それらも料金が決まっていて、給料から差し引かれます。病気になって命を落とす坑夫が後を絶ちません。
 主人公は先輩坑夫の案内で、銅山の中に入ることに。ここからの銅山内部の描写はとてもリアルで、ぐいぐい引き込まれて読みました。

 数人の心ある坑夫との出会いから、主人公は坑夫になるのをやめて帰ることを勧められますが、応じません。ところが仕事に就く前に受けなければいけない健康診断で気管支炎とわかり、坑夫にはなれないと宣言されます。
 飯場長の計らいで帳簿係として半年働いた後で、主人公は銅山を後にします。

 妻・鏡子さんが「漱石の思い出」に、ある日突然坑夫が夏目家を訪ねてきて、自分の経験を聞き取って小説にして欲しいと伝えた経緯が書かれています。
 ドラマ「夏目漱石の妻」にも、坑夫が登場しましたね。でも、あのドラマではかなり脚色が加えられています。坑夫と鏡子の身内の若い女性が恋に落ちたというようなことは、「漱石の思い出」には書かれていませんし、実際にはなかったことだろうと思われます。
 銅山での坑夫の暮らしぶり、とりわけ銅山内部の様子は細部まで描かれていて、漱石の取材力に驚かされます。

 この小説の内容は、主人公が過去の自分を振り返る形で語られています。では、今の主人公はどんな人物なのか? そのことに触れている部分をピックアップしてみると、年齢は30代〜40代、社会の中で自分の位置を確立できている、机に向かって往時を振り返り文章にする時間の余裕がある、などから、「作家ではないか」という声が大勢を占めました。

 私はこの本を2度半、読みましたが、まとまった考えを述べられるような状態には至らず。でも、他のメンバーは今回もそれぞれに深く鋭い読み方をしていて、それを聞かせてもらうだけでとても楽しい。話し合いがかみ合って盛り上がり、充実した時間が過ごせました。
 私はこの読書会で取り上げるまでは、漱石に「坑夫」という作品があることさえ知りませんでした。
 私自身の読解力は相変わらずお粗末ですが、この読書会のおかげで文学作品を多角的に読み取ることができ、良い刺激をもらっています。

 次回は半年後。取り上げるのは今度も漱石の「彼岸過迄」です。

[PR]
# by 1go1ex | 2017-01-30 14:37 | 読書 | Trackback | Comments(0)
 1月19日(木)の夜は、「おうぎの会」で大槻文蔵さんのお話を聞きました。「おうぎの会」は上方舞山村流の舞踊家・山村若静紀さんが各界のスペシャリストをゲストに招くトークショーです。今回のゲストは大阪を本拠地として活躍する能楽観世流のシテ方で人間国宝の大槻文蔵さんと芸養子の大槻裕一さん。会場は本町にある大阪で唯一の総合出版社・創元社のセミナールームです。
 一昨年から始まっているこの会に行くのは、今回が初めてでした。ゲストが大槻文蔵さんだと聞いて、「行かねば!」と思ったのです。テーマが能なので、かずら帯柄の名古屋帯を締めて行ったというわけです。

 この会では毎回、最初に若静紀さんが舞を披露します。今回は「高砂」でした。音楽は録音です。
 詞章を聞いていると、能の「高砂」の一部分がそのまま使われていました。上方舞が能の「高砂」に振付をして一つの作品にしているなんて、初めて知りました。若静紀さんの舞は厳かで上品。ほのかな色気が漂い、楽しませていただきました。

 トークは興味津々で聞きました。若静紀さんはお話を引き出すのがとても上手です。印象に残ったことをメモしたので、以下に記します。

 江戸時代、能は武家の式楽(儀式に用いる楽)だったが、町衆の間にも広がっていた。義太夫より少し古い時代に旦那衆のお稽古事として盛んに行われていた。(その名残で、今も結婚式の披露宴で年配の方が「高砂」を謡ったりされるんですね。)
 今は習う人が減り、見るだけの人が多い。

 能の上演は一日限り。リハーサルはある時もない時もある。たった一回の勝負に全身全霊で打ち込むので、リハーサルはないほうが良いと思うこともある。
 本番の舞台は主にシテの意向に沿って進んで行くが、信頼できる優れた周りの演者に助けられてシテは初めて表現ができる。
 シテが自分の思いどおりに動くわけではなく、周りの演者と火花を散らしながら演じていく。それができたとき、良い舞台が実現する。
 火花を散らすためには普段、稽古を重ねて曲を深く理解しておくことが欠かせない。その曲がどのようにして作られ、何を表現しようとしているのかを人生経験を踏まえて様々な角度から見てつかみ、お客に「見てよかった」と思っていただけるように表現しないといけない。

 師匠(父君でしょうか)からよく言われたことは、「一番大事なのは人間性」だということ。舞台では必ず人間性が現れるからだ。

・・・・・・・・・・

 若い裕一さんのお話も新鮮でしたが、あまりメモを取っていなかったので省きました。
 一番大事なのは人間性なんですね。やっぱりそうなんやと、納得がいきました。トークを聞いて、ますます大槻文蔵さんのファンになりました。
  

[PR]
# by 1go1ex | 2017-01-29 16:45 | 能・狂言 | Trackback | Comments(4)
 19日の文楽鑑賞は着物で行きました。壺垂れ模様の大島。
e0060374_21025892.jpg
 蔓帯(かずらおび)の柄の名古屋帯。ずいぶん前に、西陣の織成館(おりなすかん)で買ったものです。
e0060374_21033841.jpg
 お太鼓の形がいまいち決まりません。

 蔓帯は能で女性を演じるとき、髪に付ける細い紐です。実はこの日の夜、能に関係のある催しに参加する予定があったので、この帯を選んだのです。
 その催しについては別途、書きます。

[PR]
# by 1go1ex | 2017-01-28 21:09 | 着物 | Trackback | Comments(0)
 19日(木)の昼間、文楽初春公演の第一部を見ました。演目は「寿式三番叟」「奥州安達原」「本朝廿四孝(ほんちょう にじゅうしこう」の3つです。
 このうち、「寿式三番叟」」は、能の「翁(おきな)」に材をとったもの。もともと大好きな演目で、今までにも何度か見たことがあります。今年は4日に「翁」を見たばかりなので、比較しながら、興味深く鑑賞しました。

 幕が上がると、舞台は能舞台風に設えられています。下手の方に小規模な橋掛かりが作られているのが目を引きました。
 何より驚いたのは、舞台正面奥にひな壇が作られ、上の段に太夫が9人、下の段に三味線弾きさんが9人、華やかにずらりと居並んでいたことです。黒紋付に明るい緑のかみしもを付けています。
 これまではいつも、床での演奏でした。こんな演出は初めてです。今回は東京の国立劇場の開場50周年祝いという意味があるそうで、このような派手な舞台にしたのでしょう。
 太夫のシンを務めるのは呂勢太夫。三味線のシンは清治さんです。ほかに、下手の御簾内(みすうち)からお囃子(はやし)の演奏が聞こえました。

 初めに千歳(せんざい)が面箱を持って登場します。紫地に梅の柄の衣装。若い男性です。続いて翁が登場。もちろん老人です。くすんだ紫色の袴、上着は金色がかったベージュです。
 文楽では三番叟は二人、出てきます。そのうちの美男のほうが先に登場。続いてもう一人、滑稽な首(かしら)のほうも出てきます。二人とも衣装は黒地。肩から背中にかけて鮮やかな色彩で鶴が描かれた、独特の衣装です。

 まず千歳が舞い、若く清新なエネルギーで露払いの役目を果たします。その間に翁は舞台の後方で自分で翁の面を付けます。
 千歳が舞い終えると、翁の神舞です。天下泰平を祈る舞。重々しく気品に満ちています。この人形は和生さんが遣っていました。相当のベテランでないと、この部分は難しいのだろうと思いました。
 舞い終えると翁は舞台の正面で深々と礼をして、退場します。
 ここから三番叟の舞になります。その途中で千歳が三方に鈴を乗せて中央に進み出ます。三番叟に鈴を渡し、千歳は面箱を持って退場します。ここからが「鈴の段」。ということは、ここまでは「揉(もみ)の段」だったのでしょう。

 三番叟は広げた扇を左手に持ち、右手に持った鈴で扇から何かを取って地面にばらまく仕草を繰り返します。種まきを表していて、五穀豊穣を祈ります。義太夫の演奏は次第にテンポを上げ、三番叟は軽快に舞い続けます。
 途中、へとへとになった醜男の三番叟が舞台下手に来てこっそり休んだり、それを見つけた二枚目のほうが舞台中央へ引き戻すなど、笑いを誘う場面が挿入されています。
 心地よくにぎやかな演奏に合わせて舞が盛り上がり、おめでたい気分でいっぱいになったところで幕は下ります。

 こうして見てくると、登場人物では面箱がいないこと、三番叟が二人いることが一番わかりやすい違いかもしれません。でも、それ以上に、雰囲気が能と文楽とではまるで異なっています。
 能の「翁」には荘重な雰囲気が満ちています。文楽では前半の翁の舞にそれらしさが見られますが、後半の三番叟の舞のほうに重点が置かれており、こちらは見ていて面白く楽しいのです。

 『文楽ハンドブック』(三省堂)によると、18世紀の後半にはすでにこの演目が上演された記録が残っているのだそう。ただ、その頃は三番叟は一人だったのだそうです。
 能の「翁」から材料を取り、文楽ならではの工夫を凝らし、気軽に楽しめる作品に仕上げていった文楽関係者の努力の跡が目に見えるようでした。

 

[PR]
# by 1go1ex | 2017-01-28 20:30 | 文楽 | Trackback | Comments(0)
 今日、大槻能楽堂で能「綾鼓」を見ました。この曲は以前、テレビで録画を見たことがあります。けれど、生の公演を見ると、鬼気迫るような緊張感がみなぎっていて、テレビで見るのとはまるで違っていました。

 季節は秋。筑前の国の宮殿で庭掃除を仕事にしている老人がたまたま女御の姿を見かけ、その美しさに一目で恋に落ちてしまいます。臣下を通じてそのことを耳にした女御は、庭にある池のほとりの木に鼓を掛けさせ、老人がそれを打ち鳴らしてその音が宮中に聞こえたらもう一度姿を見せてやると、臣下から老人に伝えさせます。

 喜んだ老人は一晩中、鼓を打ち続けますが、鼓は鳴りません。実はこの鼓、革ではなく綾、つまり布地を張ってあったので、鳴るわけがないのです。

 そのことに気づいた老人は裏切られたことに憤り、絶望し、池に身を投げて死んでしまいます。
 事の顛末を耳にした臣下は老人の恨みを怖れ、女御に池辺に行くように伝えます。女御が池辺に近づくと、鬼と化した老人が水底から現れ、女御に綾鼓を打てと迫ります。
 女御が泣き伏すと老人はなおも激しく女御を責め立て、杖で打ちすえ、恨みの言葉を残して再び水底に消えていきます。

 かなわぬ恋と諦めていた老人に一縷の望みを抱かせた罪深さ。騙されていたと悟ったときの老人の底知れない絶望。恋い慕っていた女御への激しい怒り、憎しみ、恨み。
 そうした想念がシテの造形、地謡の抑揚、囃子方のインパクトの強い演奏によって、ゾクゾクするくらい伝わってきました。ああ、恐ろしい。しかも舞台はどこまでも美しいのです。そして悲しい。

 老人が夜を徹して鳴らぬ鼓を打ち続けたり、騙されたと知って絶望して身投げをしたり、鬼となって恋慕していた女性を打ち据えたり。恋という執着心のはらむ強烈なエネルギーに驚かされました。
 女御は、身分の低い、しかも年寄りが自分を恋したと聞いて、相手を嘲ったのでしょうか。恋というピュアな感情を自分に注いでくれていることに対して、感謝の思いを抱くことはできなかったのでしょうか。

 シテは、前半では質素な衣装の老人、後半はきらびやかな衣装に身を包み、見るのも怖いような面(おもて)をつけた鬼(怨霊)です。演じたのは喜多流の能楽師、友枝昭世さん。ほっそりした体つきがこの役にぴったりでした。人間国宝です。

 客席はほぼ満員。着物姿の女性は、4日の「翁」に比べると少なめでした。能はドレスアップして出かけるものかというと、そんなことはなくて、普段着の観客も多数いました。ジーンズ姿も珍しくありません。
 「能は敷居が高い」というイメージを抱いていましたが、案外、それは私が自分の中に勝手に作り上げた幻だったのかもしれません。

 


[PR]
# by 1go1ex | 2017-01-28 19:37 | 能・狂言 | Trackback | Comments(0)
 先週、シネマ歌舞伎「阿古屋」を見に行ったので、昨日、その感想をかなり長文で書いたのに、完成後に画面がおかしくなって消えてしまった! ショックです。このごろ、このエキサイトブログはちょっとおかしいのです。
 もう一度書き直すつもりですが、今日は時間が取れません。
 この作品、冒頭で上演に関わっているありとあらゆる人たち、と言ってもいいくらい多彩な人々の仕事を紹介していて、いかにたくさんの人々の熱意によって一つの作品が成立しているかを痛感させてくれます。
 そのあとに続く本編ともいうべき「阿古屋」の舞台は言うまでもなく素晴らしい。目でも耳でも楽しめます。

 シネマ歌舞伎にしては珍しく上映期間が長かったのですが、いよいよ終わりに近づいてきていて、26日(木)までです。上映している映画館が限られていますので、「シネマ歌舞伎」のホームページで確認してください。

[PR]
# by 1go1ex | 2017-01-23 10:23 | 歌舞伎 | Trackback | Comments(0)
 胸骨の痛みは、少しずつ良くなってきました。まだ治ってはいませんが、寝ている姿勢から起き上がる、座っている姿勢から横になる、などのごく一部の動作を除けば、「いたた…」という言葉が思わず口を突いて出ることはなくなってきました。

 お茶を習うようになってから初めて、今年は初釜を休みました。でも、この調子なら1月のいつものお稽古にはお伺いできそうだと思い、今日、先生にお電話をしてその旨をお伝えしました。
 「よかったねえ!」と、先生は我がことのように喜んでくださいました。はずんだ気持ちがまっすぐに、こちらに伝わってきます。
 この方には今までにも幾度となく、心の底から湧き出る暖かい思いやりや優しさという感情を降り注いでいただいてきました。今回も同様です。私にはそんな先生の優しさはお茶の精神そのもののように思えます。

 この先生のお人柄に惹かれて、お茶の稽古を続けてきました。先生は80代半ばになられましたが、驚くほどお元気です。まだまだこれからもこの先生のご指導を受けてお茶の稽古が続けられそう。そのことがこの上なく幸せに感じられます。

[PR]
# by 1go1ex | 2017-01-16 20:44 | からだ | Trackback | Comments(4)
 昨夜10時から読売テレビ(日本テレビ系)で放送された「市川海老蔵に、ござりまする。」を見ました。その中で海老蔵がとても興味深いことを語っていました。

 「勧進帳」の弁慶についての話です。以下、録画を消してしまったので、言葉は正確ではないのですが…。
 以前は、弁慶という役柄は力強さを表現することが一番大事だと思い、そういうふうに演じていた。ところが、(妻の麻央さんのガン発病後に)弁慶を演じたとき、義経が麻央と重なって見えた。そのとき、弁慶の力強さの裏にある心がわかり、それこそが一番大事なのだと思うようになった。それで、演じ方も変わってきた。
 と、ごく大雑把にまとめると、このような内容でした。

 一昨年、南座で海老蔵が演じる弁慶を見たとき、これまでとは全く異なる人間像が見えました。義経という主君に対して忠義を尽くす男性像ではなく、自分が何者にも代えがたいほど大切にしている人のために、自分の持っている能力のすべてを注ぎ込んで、その人を守りきる。そういう人物として表現されていると感じられたのです。
 私はこれは画期的な新解釈だと思いました。2015年12月19日の記事に書いていますので、ぜひご覧ください。

 でも、昨日の海老蔵の発言を聞くと、頭で考えた「解釈」などではなかったようです。死に直面しながら前向きにたたかい続けている妻への思いから、自然とほとばしり出た気持ちを表現したものだったのです。
 明治時代から続いてきた弁慶像が、一人のまだ若い歌舞伎役者の実生活、そこで育んでいる妻との関係や気持ちから大きく変わるというのは興味深いし、すごいことです。

 俳優さんが演技に込めている心って、見ている者に意外なほどストレートに伝わるものなんですね。俳優という仕事は怖くて、やりがいのある仕事なんだなあと改めて感じました。

[PR]
# by 1go1ex | 2017-01-10 20:17 | 歌舞伎 | Trackback | Comments(2)

胸骨骨折でした

 5日の朝、西川整形外科へ。MRIを撮ってもらいました。結果は、胸骨骨折だそうです。
 毎日なるべく長い時間、コルセットをはめて過ごし、週に2〜3度、超音波治療を受けに行くことになりました。
 我が家から西川整形外科までは、車なら15分もかからないのですが、愛車は今、修理中。電車で行くと、50分近くかかり、不便です。自業自得だから、仕方ないですね。

 骨粗鬆症については、ベネットの副作用を医師に伝えたところ、「そんな話は聞いたことがないなあ」と言われてしまいました。でも、確かに私の場合には起きた症状なのです。
 ベネットはもう飲みたくないし、このところ胃の調子が良いので、もう一度ビタミンD剤に戻してもらうことにしました。
 年末、忙しくて骨トレをサボっていた上に、胸骨を打ってからは体に振動を起こす運動は避けているので、骨トレができなくなっています。4月には骨密度を再検査すると言われているのに。胸骨が早く治るといいなあ。

[PR]
# by 1go1ex | 2017-01-08 10:59 | からだ | Trackback | Comments(7)
 大槻能楽堂で「翁」を見た日は、今年初めて着物を着ました。
 グレー地に色紙の形を飛ばした小紋。
e0060374_16392793.jpg
 色紙はこんな模様です。
e0060374_16394731.jpg
 華やかな色と柄の袋帯。年末の月釜でも使った帯です。
e0060374_16400768.jpg
 お太鼓は少し歪んでしまいました。
e0060374_16403095.jpg
 満員の会場には着物姿のお客がたくさんいました。着物率は、松竹座や国立文楽劇場よりはるかに高いように思われました。事故から始まった胸の痛みがまだ続いていたので、着物を着ようかどうしようかと少し迷ったのですが、やっぱり着て行ってよかった! お正月気分を満喫することができました。

[PR]
# by 1go1ex | 2017-01-07 16:40 | 着物 | Trackback | Comments(0)
 1月4日、大槻能楽堂でタイトルの3曲を見てきました。3日、4日と、演者を変えて2日連続で行われた公演の2日目です。大槻能楽堂80周年記念の公演だそうで、出演者が超豪華でした。

 まず「翁」。「寿式三番叟(さんばそう)」として文楽に取り入れられており、何度か見たことがあります。今も初春公演で上演中。歌舞伎には「操り三番叟」「舌出し三番叟」などのバリエーションがあり、どれも見たことがあります。
 その一番おおもとにある「翁」は、公演の収録番組をテレビで見たことはあるものの、ライブで見るのは初めてです。
 この曲が数ある能の曲目の中でも全く別格で、一種の神事であることは、前から知っていました。愛読している『林望が能を読む』(集英社文庫)には「なにも難しいことを考えずとも、ただその嬉しいめでたい気分を胸一杯に呼吸しておけば、それで良いのである。」と記されています。私もそんな気持ちで公演に臨みました。

 登場するのは翁と三番叟。そして若さを表現する千歳(せんざい)。翁と、三番叟が後半で付ける面(おもて)をおさめた箱を捧げ持つ、面箱(めんばこ)。この4人です。
 橋掛かりから翁(大槻文蔵さん)が登場して舞台に向かって歩みを進めるとき、そのスピードが他の曲のシテに比べて半分くらいで、とてもゆっくりなことに驚きました。すでに荘重な雰囲気が満ち満ちています。
 翁は初めは直面(ひためん。面を付けない、素顔の状態)です。大槻文蔵さんのお顔を初めて拝見しました。深い精神性の感じられるお顔。小柄で痩せた体つき。面を付けなくても神様のように見えました。

 翁の神々しい舞には文蔵さんの圧倒的な存在感が感じられます。千歳の清新なエネルギーをまき散らすような舞が続きます。
 舞い終えると、二人は退場します。このあとは三番叟(野村万作さん)が舞います。前半は直面で「揉(もみ)の段」。後半は黒い面を付けて鈴を振りながらの「鈴の段」です。三番叟は翁に比べるとずっと身近に感じられる人物のはずなのですが、私はここにも神性を感じました。

 お囃子はほかの曲と違って、小鼓を打つ人が3人もいます。笛、小鼓、大鼓、太鼓のセッションが実に愉しい。とりわけ「鈴の段」では三番叟が振る鈴の音も加わって、盛り上がりました。
 大槻文蔵さんも野村万作さんも理屈抜きにただただ素晴らしくて、一瞬も目が離せない気がしました。以前、「能は退屈なもの」と思っていたのが嘘のようです。「翁」という曲が大好きになりました。

 狂言「鶏聟」には、野村萬斎さんが出演しました。婿入りするときは鶏の真似をするものだと嘘を教えられた男は、嘘だとは知らず、舅の家に行って大仰に鶏が羽を広げる様子をしたり大きな声で鳴き声を真似たりします。
 これだけでもおかしくて笑ってしまうのに、舅が「婿に恥をかかせてはいけない」と思いやって、婿と全く同じ振る舞いをするのです。大の男が二人、オーバー気味に鶏の動きをして奇声をあげるのですから、大笑いです。
 ただそれだけの短い曲でしたのに、会場内の空気が一気に変わりました。おかしくて腹を抱えて笑うという行為にも、穢れを清める作用があるような気がします。

 「鞍馬天狗」は登場人物が多くて華やかです。初めは山伏、のちの大天狗を観世銕之丞(てつのじょう)さんが演じました。この方、声が素晴らしいです。声量豊かなバリトン。能がオペラのように感じられました。重量感のある体でダイナミックな動きをするところが魅力的です。牛若丸の役は子方(子ども)が演じました。

 どの曲も、衣装の美しさに目が吸い寄せられました。ほとんどは織りの布で仕立てられたものだろうと思います。それぞれの人格を現す色や柄。渋い色、格の高い文様のものから、明るく華やかな布地を使ったものまで、それぞれに楽しめ、目の保養になりました。

 会場は満席。たまたま隣の席に居合わせた知人は、毎年、お正月にはここで「翁」を見るのが習慣なのだそう。私もぜひとも習慣にしたいです。
 


[PR]
# by 1go1ex | 2017-01-07 16:30 | 能・狂言 | Trackback | Comments(2)
 明けましておめでとうございます。どうぞ今年が穏やかで良い一年になりますように。
 昨年末は次々といろんな「事件」が起こって、その事後処理に時間を取られたりもして、あたふたと過ごしました。それでもどうにかこうにか、おせちを作りました。
 ご紹介するほどの内容ではないのですが、この数年、恒例になっていますので、恥ずかしながら写真をアップします。

 まず、一の重。
e0060374_15393725.jpg
 左上の蓋物の中にイクラ。右がエビの芝煮。時計回りになます。ごまめ。酢ばす。ニシンの昆布巻き。中央は数の子です。
 昆布巻きは次女が作ってくれました。

 二の重。

e0060374_15400000.jpg
 左上がごぼうと人参の八幡巻(牛肉で巻いたもの)。右が伊達巻。その下は棒鱈。伊達巻と棒鱈は次女が作ってくれました。下の左右は高野豆腐、中央はどんこ椎茸です。

 三の重はいつものとおり、筑前煮です。
e0060374_15402572.jpg
 材料はレンコン、タケノコ、ごぼう、人参、こんにゃく、里芋、椎茸、鶏肉です。

 写真を撮りそびれましたが、ほかに栗きんとん、黒豆、紅白かまぼこ。黒豆は次女が作ってくれました。

 というようなわけで、今回はずいぶん次女に助けてもらいました。少ししかない年末の休みを使わせてしまい、申し訳なかったです。筑前煮の味付けも次女にチェックしてもらい、薄味だったので調味料を足してもらって美味しく仕上がりました。

 お正月は義母の家で迎えるので、いつも家事に大忙しです。胸の痛みは続いていましたが、どうにか動いていられました。義母はずいぶん忘れっぽくなってきましたが、まだまだしっかりしています。家族が顔をそろえ、和やかに賑やかに過ごす時間が何より幸せに感じられました。怪我をしたのが私以外の誰かでなくてよかったです。家族のことで心配するのは辛いですから。

 好天に恵まれたお正月。二日の午後、自宅に帰り、さっそく氏神様に初詣をして、お札のほかに今年はお守りもいただきました。私のと夫のと、二ついただいて一つを夫に渡したら、ちゃんと仕事用カバンのどこかにしまいこんでいました。


[PR]
# by 1go1ex | 2017-01-05 15:56 | 食べる・飲む | Trackback | Comments(2)
 12月28日付の毎日新聞朝刊によりますと、落語家の桂文之助さん(60歳)が、文化庁が発表した芸術祭賞の大衆芸能部門の大賞を受賞されたそうです。
 桂文之助さんは私の好きな落語家さんの一人。義太夫教室の先輩弟子さんでもある方です。この受賞を知って、災難の黒い雲が吹き飛ぶようなうれしさを感じました。

 書きそびれていたのですが、19日に神戸の新開地で開かれた落語会(神戸らくごビレッジ)に夫と二人で行ったのです。この落語会は、桂文之助、桂吉弥、桂九雀の3人が毎回異なるゲストを招いて開くというもの。この日のゲストは林家卯三郎さんでした。

 この日、文之助さんが高座にかけたネタは「尻餅」。年の暮れ、餅をつくお金もない夫婦は、夫が妻のお尻を叩いて餅をついているような音を立てて近所に聞かせるというアイディアを思いつきます。
 ちょっと色っぽい噺なのですが、文之助さんが語ると品がありました。左手のひらを右手で打って、女房のお尻を叩いているような音を立てるところ、その調子が絶品で、聞いていて気持ちが浮き立ちました。
 面白くおかしくてほんわかしてしまう、絶妙な仕上がり。終わったとき、思わず私は夫に「文之助さん、うまいねえ」と漏らし、夫も「うん、うまいなあ」と相槌を打っていました。
 吉弥さん、九雀さんもそれぞれにレベルの高い噺家さんだけれど、やっぱり文之助さんは一味違う。3人の中でもずば抜けている。そんなふうに実感した夜でした。

 文之助さん受賞というおめでたい話を、このブログの今年最後の記事にしておきます。

[PR]
# by 1go1ex | 2016-12-30 17:08 | 落語 | Trackback | Comments(0)

「和」関係の日常体験と人間模様を記します


by 1go1ex